Rosa†Antica(ロサ・アンティカ) - アンティーク・レトロ雑貨店店主、女優、人形作家、由良瓏砂のブログ

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02

23:25
Sat
2019

No.0275

瞑想のすすめ

以前こちらの記事で書いたインダストリアル・ダイエット、週一のペースで続けていて、4ヶ月目に入ります。
最初は数日間筋肉痛が続きましたが、3週目くらいからそれも無くなってきました。
そしてメンバーも今や4名に増えました!



私について言えば、体重の変化というのは特に見られないのですが、筋肉が付けばまあいいか、と長い目で見ることにしています。
先月からは、プログラムに瞑想を取り入れることにしました。
瞑想は以前は度々行っていたのですが、最近めっきりしていないな、と思って、定期的に出来る場所を作ったのです。

瞑想と言っても、色々な種類があります。
普通は静かな場所で、座って行いますが、歩きながら行う方法もあります。
呼吸法としては、四拍呼吸という方法があります。
四拍で吸い、二拍止め、四拍で吐き、二拍止める。これを繰り返すのです。
この時喉は絞めず、呼吸は口でします。また、腹式呼吸を用います。
一拍の長さは、自分でやりやすい長さで大丈夫です。
また、瞑想している時間自体も、特に決めなくて良いのですが、区切りをつけたいのであれば、最初はタイマーを15分くらいにセットして行うと良いかもしれません。

この呼吸法自体一例で、様々なバリエーションがあります。
私は、瞑想しているうちに四拍呼吸では物足りなくなり、自然にクムバカという息を止める呼吸法になります。
インダストリアル・ダイエットでは、道教の瞑想法である周天法も取り入れてみました。
横たわって頭上と足下に光球をイメージし、それを体内に回して行く方法です。
更に先日は、以前に舞踏家の笠井叡氏のオイリュトミー合宿で教わった、北極と南極の呼吸法も、取り入れて見ました。
このあたりの具体的な方法は、そのうちnoteに書いてみたいと思います。

瞑想の効果というものは、色々あります。
神秘家は神と繋がる為に行いますが(観想といいます)、自分を見つめる、リラックス効果、逆に身体を活性化する、集中力を高める、などなどです。
私は今複数のことを同時進行しているので、準備も前もってすることが難しく、当日になってからバタバタすることも少なくありません。
そんな状態でも色々なタスクをこなせていけているのは、集中力がついている為かと思われます。
ストレスの多い生活を送っている方には、特にお勧めします。
但し、精神や肉体に疾患がある場合は、瞑想をすることにより、体調が悪くなる人もいるそうなので、要注意です。


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07

09

00:05
Tue
2019

No.0254

ほんとうのさいわい

チェロ奏者の青月泰山くんとは、もう結構長いお付き合いになります。
最初は黒色すみれのさっちゃんを介して知り合ったのだったかしら。
私と永井幽蘭ちゃん、常川博行さんで始めたユニット、「電氣猫フレーメン」に参加して頂いたこともあります。



最近では紅白歌合戦での椎名林檎さんのバックで演奏したりと、あちこちで活躍されています。

去年くらいから、泰山くんと、やはり長いお付き合いであるカウンターテナーの湯澤幸一郎さん、アコーディオン奏者のえびさわなおきさんの3人でやっているユニット「青山辺境伯」のライブにお誘い頂き、お伺いすることが多くなりました。
つい先月、えびさわさんからお誘いが届いた、翌日くらいのこと。
ポストに入っていた、普段は捨ててしまうタウン誌をふと持ち帰り、開いてみると、泰山くんの写真が目に飛び込んできました。
見ると、七夕の前日の7月6日、コスモプラネタリウム渋谷でチェロの演奏会があるというのです。

私たちの営業している《哲学者の薔薇園》では、イベントの司会などを引き受けて下さっているカヲルさんのプラネタリウム投影機をお借りして、度々プラネタリウムイベントを開催しています。
プラネタリウムの魅力を力説するカヲルさんの影響で、私と相方も去年サンシャインのプラネタリウムを訪れたりもしました。
コスモプラネタリウム渋谷は、私のバイト先のすぐ近くなので、去年からずっと気になっている場所だったのですが、今まで行く機会を見つけられずにいました。
願ってもないチャンス、と思いました。

青山辺境伯のライブは、今回は物語仕立てになっていて、湯澤さんの朗読に乗せて曲が奏でられ、いつにも増して魅惑的でした。
湯澤さん、年増女や老婆のセリフが上手すぎます。
さすがマリアさ・・・おっと。
長年の夢だったプラネタリウムでのコンサートが実現して嬉しい、という泰山くんの話によれば、七夕は一年で一番、プラネタリウムのお客が多い日なのだとか。
だから特に自分が呼ばなくてもお客さんは来る筈だけど、周りを見回して知った顔が誰も居ないと寂しいので、是非来て下さい、とのことでした。

プラネタリウム演奏会「セロと七夕の夜」当日。
プラネタリウムの空は、昼の3時くらいから始まりました。
周囲には宮澤賢治の「銀河鉄道の夜」の町並みをイメージしたというノスタルジックな町の風景が。
やがて、まるでアラビアンナイトの王子様のような、胸元に飾り石のついた長衣姿の泰山くんが登場。
オーケストラ音源をバックにしたチェロの演奏が始まると、空は太陽がどんどん移動して沈んでいき、下限の月の残る空に、段々と星々が見え始めました。
解説員さんによる夏の星座のお話。お馴染みギリシア神話のお話です。
でも、そういえば宮澤賢治の「銀河鉄道の夜」に出てくる蠍の話は、ギリシア神話のお話ではありません。
あれは、賢治の創作なのでしょうか。

泰山くんの曲のうち「南十字星の虚孔/ゼロ」という曲は、「銀河鉄道の夜」の朗読を交えて演奏されました。
そういえば、以前泰山くんの「セロ弾きのゴーシュ」の朗読を聞いたこともあったっけ。
「銀河鉄道の夜」も、《哲学者の薔薇園》が武蔵小山TARUHOにあった頃、相方と共に朗読したことのある、思い出深い話です。
「ほんとうのさいわいは一体何だろう。」
その言葉に、はっとしました。

ほんとうの幸福とは何か。
それは賢治の蠍のように、自分が犠牲になって皆を助けるという、キリストに見られるような自己犠牲の精神からくるものではないでしょうか。

「世界幸福度報告」の要素の中で、日本が特に順位が低いのが「寛容さ」(92位)だと言います。
人に慈善を施すことが、自らの幸福に結びつく、ということが、日本人の感覚にそぐわないのだとしたら、残念なことです。

最後の曲「握る指から砂が落つように/アルファルド」
この曲を作る前に泰山くんは、一人モロッコの砂漠を旅したそうです。
満点の星空の下空気が澄み渡る中、砂漠へ消えていった星の王子様やアルチュール・ランボーの孤独と自らを重ね合わせたという泰山くん。
孤独の果てに生み出された至純の音楽が、胸に染み渡るような思いを味わった夜でした。

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07

04

23:54
Thu
2019

No.0253

幸福とは何か

私が入会している倫理法人会で教典のような位置付けにあるのが、丸山敏雄著「万人幸福の栞」。
万人が幸福になれたら、それは間違いなく理想の世界でしょう。
「幸福」というのは、かなり哲学的な命題です。
哲学・宗教も多くは幸福の追求に重きを置かれています。
私は、人間の究極的な目的は「神との合一」にあり、それこそが最高の幸福の形だと思っているのですが、人々に訴求する為には現世利益や幸福を謳い文句にせざるを得ない、というのは理解できます。
では、一体「幸福」って何でしょう。

国連が2012年から毎年レポートしている「世界幸福度報告」2019年度版で、日本は過去最低の58位だったそうです。
ちなみに2012年以降の推移は、44位→43位→なし→46位→53位→51位→54位→58位、とのこと。
数値は、10段階で5.886。1位のフィンランドは7.769、最下位(156位)の南スーダンは2.853でした。
156ヵ国中、三分の一より少し低いこの順位、まあそんなものかな、と思うのですが、経済的・社会情勢的に日本より劣悪な国の方が日本より上位だったりすることに、疑問を呈する向きもあるようです。
しかしこの順位、各国で約1000人を対象とした調査の平均値であり、その回答は主観によるものです。
つまり実際にそう感じている人々がいるからこの順位が出ている訳で、結果についてはそのまま受け止める他は無いものです。
この結果に対し、「説明変数」という6つの数値を用いて分析しています。
その6つは「人口あたりGDP」「社会的支援」「健康寿命」「人生選択の自由度」「寛容さ」「(社会・政府の)腐敗の認識」。
Webサイトの記事などでは、説明変数の数値と実際の順位が必ずしも比例していない、という分析もありました。

他人の幸福については想像することしか出来ませんので、モデルケースとして自分について考えてみます。
私の現在の幸福度は、10段階中7.8といったところでしょうか。
フィンランドの人たちの平均くらい幸福ということになります。
その根拠としては、「今までの人生で望んだ物はほぼ手に入れてきた」ということがあります。

まず、一生かけてでも手に入れたいと思っていた、尊敬する作家の、しかも一番のお気に入りの作品を、人生の割と早い段階で入手できたこと。
中古車一台分くらいのお値段でした。現在はほぼ入手はできないものと思われます。
次に、一生のパートナーと思える相方と出会えたこと。
自分のことではないのでそうそう書けませんが、言い尽くせない程の感謝があります。
それから健康。
もともとほとんど病気をしたことが無いのですが、最近は長年の悩みだった朝起きられない、睡眠不足に弱い、という弱点を克服しつつあります。

そして最後に、自分のやりたいと願っていた幾つものことを、沢山の素敵な人々と共に、仕事やライフワークに出来ていること。
お金があれば幸福ということはない、とは良く言われますが、実際その通りだと思います。
一番の幸福は、尊敬できる人々と共に、何かを作り上げられることではないかしら。

完全な幸福を手に入れるのにはまだまだ私には足りないものがあって、その為の努力は継続中です。

と言っても幸福は主観でしかないので、もし価値観が異なる人が私と入れ替わったら、家も車も持っていない、結婚もしていなければ子供もいない、家の中はぐちゃぐちゃで片付ける時間もない、全然幸福じゃないむしろ不幸、となると思います(笑)。

幸福というテーマは様々な切り口で取り上げられると思います。
次回に続く、かも知れません。

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06

27

03:35
Thu
2019

No.0251

キリストとアンパンマン

カトリックの家庭に生まれ育った私は、実家にいる間は家族と共にほぼ毎週日曜、大船カトリック教会に通っていました。
カトリックのミサでは、聖歌を歌ったり聖書の中の説話を朗読したり、神父様がそれについてお説教と呼ばれる講話を話したりします。
ミサの中心となるのは聖餐式と呼ばれる儀式で、ホスチアと呼ばれる小さくて薄い丸いパンとワインを、祝福を与えることでキリストの肉体と血とに変化させ、信者たちに分け与えます。

先日、現在所属している初台教会のミサに行きました。
その日の朗読は「五つのパンと二匹の魚」のお話でした。
イエス・キリストが集まった人々に説教をしていると、段々と人が増え、とうとう5千人もの人々が集まってしまいます。
日も暮れて、人々がお腹を空かせているのではと心配した弟子たちは、群集を解散させるようにイエスに言います。
するとイエスは、「あなたたちが皆に食事を与えなさい」と言うのです。
でも、彼らが持っているのは、僅かに五つのパンと二匹の魚だけ。
するとイエスは、群集を50人ずつのグループに分けて座らせ、そのパンと魚を祝福し、割いて皆に分け与えます。
その食べ物は全員の腹を満たし、余ったパン屑は12の籠にいっぱいになりました。

この朗読の後、神父様はおもむろに絵本を取り出し、「今日はこの絵本を読みますので、子供たちは集まって下さい」と仰いました。
その絵本は、お馴染み「アンパンマン」。
但し、一番初期の頃の絵柄です。随分古いものではないかしら。
私も子供の頃、「いちごえほん」という雑誌に掲載されていたアンパンマンの漫画を読んでいたことがありますが、その時はもう、今のアンパンマンの絵柄でした。
絵本のアンパンマンは砂漠で倒れている旅人や迷子になっている子供のところに飛んでいって、自分の顔を食べさせて力付けます。
やがて嵐になり、アンパンマンは煙突に真っ逆さまに落ちていきます。
しかし、そこはパン工場の煙突でした。パン屋のおじさんはもっと大きくてもっとおいしい、新しい顔をつけ、アンパンマンはすぐさままた困っている人を助けに飛び出していきます。

絵本の朗読が終わると神父様は「食べ物は食べてしまえば無くなります。でも、分けても無くならないのはなんでしょう?」と、子供たちに問いかけました。
「体!」「え?体をあげるの?」
答えは出てきません。
「無くならないのは、心です」
この「五つのパンと二匹の魚」のエピソードで、実際に人々に与えたのは物質的な食物ではなく、精神的な食物であった、とも言われます。
「人はパンのみにて生くるにあらず」というのも、そういう意味です。

「昔はミサの前夜から何も食べてはいけないことになっていました。今はもう少し緩くなって、一時間前から食べてはいけないということになっています」と神父様。
そういえば、そうだった。私はそんなことはすっかり忘れていました。
ミサは、キリストの体を皆で食べるという食事の儀式だから、その前に何かを食べたりしないのでしょう。
神父様はまた、「今はそれぞれ好きな時に食事を摂るようになり、家族皆で食卓を囲むというのが一般的ではなくなりましたが」という事も仰っていました。
食事をする、ということは、とても大切な儀式なんです。
いくら慌しい日常を送っていても、それを忘れてはいけない、と改めて思いました。

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03

28

22:37
Thu
2019

No.0231

シュタイナーと人智学

「雑記」のカテゴリの記事が増えてきたのと、最近タロットや魔術について書く機会が多くなってきた為、新たにカテゴリを新設しました。
「オカルト・精神世界」というカテゴリです。
カテゴリのタイトルをどうするかは、かなり悩みました。
「心理学・哲学・宗教」などとすると用語としてはより一般的ですが、学問的過ぎます。
神秘主義、魔術、スピリチュアル・・・どれもマニアック過ぎたり、ニュアンスが異なったり。
候補の一つに「霊学」がありました。
笠井叡氏のオイリュトミー合宿に参加した時、講義で学んだ言葉です。
あらゆる霊的な事柄に関する学問、とのことでしたが、どうもシュタイナーの思想で使われる用語のようです。
そういえば、私は良くユングを引き合いに出しますが、ユングと同じくらい影響を受けているシュタイナーに関しては、あまり語ることが少ない気がします。
彼の打ち立てた「人智学」の広大無辺な思想について語ることは至難の技ですが、一片なりともご紹介できれば、と思います。

ルドルフ・シュタイナーの名前が日本において良く知られているのは、主に教育の分野だと思います。
もちろん、教育分野での業績は大きかったのですが、何といっても彼は神秘思想家であり、その立場から教育、芸術、医学、農業、建築、経済など様々な分野での研究・実践を行いました。
彼の思想はキリスト教神秘主義、グノーシス、ゲーテの自然科学などの流れを汲んでいます。
神智学協会の会員となったものの、脱退し、人智学協会を設立。
オイリュトミーは、言葉や音のエネルギーを身体表現によって具現化する舞踏です。
芸術表現のみならず、治療にも用いられているようです。
シュタイナーは見霊能力者でしたが、彼は修行によって誰でもその能力を獲得することができると考え、その方法を著作に著しています。
「いかにして超感覚世界の認識を獲得するか」を読み、非常に強い印象を受けました。

私は、シュタイナーと宮澤賢治には、似ているところがあると思っています。
両者とも芸術活動に重きを置きつつ、農業や教育の形で思想を広め、実践的な生活を営んでいます。
マンタムさんにそう言うと「そうかあ?賢治は仏教思想が根底にあるでしょ。似てるかなあ?」との返事が返ってきました。
確かに思想的には違うのかもしれませんが、在り方が似ているように思うのです。
ジャン・コクトーと寺山修司が、いずれも詩人としての自分を中心に据えつつ、様々な芸術分野で意欲的に活動を行ったという点で似ているように。
そう感じるのは私だけでしょうか・・・。



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