No.0187
「罪の滴り」解読編・中編

白い服の青年と赤い服の女のやり取りを経て、後半「Cry」が始まります。
次回作の執筆について編集者カスミから尻を叩かれている、作家イワオ(紅王国の劇作家・演出家である野中氏の分身である)。
「守護天使」と呼ばれるホムラとイズミというイワオの二人のアニマが時折現れ、執筆の邪魔(?)をします。
しかし実は二人は、作中の殺人犯にシンクロしないと書けないイワオが、以前殺した女性たちの霊で、ラストでカスミも殺されて彼女たちの仲間入りをしますが、三人揃ってイワオを取り殺す、というお話です。


イワオによって全てが始まったとして強調されている1995年は、阪神淡路大震災と『地下鉄サリン事件』が起こった年であり、「新世紀エヴァンゲリオン」の放映が始まった年。
そしてもう一つこの作品で大きな意味を持つ、『神戸連続児童殺傷事件』は、2年後の1997年に起きています。
作中でイワオが執筆しているのは、2002年に起きた『北九州監禁殺人事件』をモチーフとした作品。
イワオの過去の作品としてカスミが言及している「使徒事件」は、『渋谷区短大生遺体切断事件』をモチーフとした紅王国の2009年の上演作品「我が名はレギオン」、「獣事件」は『秋葉原通り魔事件』をモチーフとした未発表の戯曲「カインの末裔」を指しています。
これら現実の事件に関しては、私も以前から興味があり、色々と調べてもいましたし、今回の上演にあたって改めて様々な情報を収集し読み込みました。
そしてイワオと同じく、『北九州監禁殺人事件』及び類似の事件である『尼崎事件』を最も不気味なものに感じました。
家族をお互いに疑心暗鬼になるように仕向け、殺し合いをさせるという部分にです。
最も、人間の精神の脆弱さを考えると、それすらも不思議なことではないのかも知れません。
魔術師、タロット占い師としての顔も持つ野中氏の作品らしく、道具立ても揃っていて、ホムラ・イズミ・カスミ・イワオは万物の構成要素とされる四大を表しています。
また、イワオの作品中で同胞団の人々の呼び名のイニシャルとなっているのは、シスターM=ミカエル(火)、シスターG=ガブリエル(水)、マザーU=ウリエル(土)、ブラザーL=ラファエル(風)と、やはり四大に対応する天使名となっています。
野中氏はプロテスタントのクリスチャンでもあるので、赤い服の女と白い服の青年の会話には、聖書からの引用が多く用いられています。
「原罪の実」はもちろん、アダムとイヴが食べた、エデンの園の中央に生えていた「知恵の木」の実です。
物語のラストの女の問い掛け「お前は誰だ?」に対して青年が「罪人だ」と答えるのは、神から禁じられていたこの実を食べることで、人間が原罪を背負い、楽園を追放されたというところから来ています。
また、聖書には「姦通の女」のエピソードがあります。
律法学者たちがイエスを試す為に、姦通を犯した女を連れてきて、律法に従い石打ちの刑に処すべきかと尋ねます。
イエスは「あなた方の中で罪を犯したことの無い者だけが、この女に石を投げよ」と答えます。
それを聞いた人々は、一人また一人と去って行き、最後に女とイエスだけが残り、イエスも女を許すのです。
白い服の青年の「殺せない。そんな資格はない。誰にだってない」は、このエピソードを踏まえたものです。


「罪の滴り」では、野中氏の音楽への拘りも十全に盛り込まれています。
客入れの30分間、眠り続ける白い服の青年の子守唄の如く流れていたのは、グレゴリオ聖歌のレクイエムの一部、続唱(セクエンツィア)、通称「怒りの日」。
最後の審判を歌ったものです。
全編(「零れた女」を除く)を通じて流れるのは、バッハのオルガン曲。それも、場所によってアレンジ違いを流すというこだわり。
これだけ宗教色を前面に押し出しているにも拘わらず、いやだからこそ、かも知れませんが、「Cry」ではホムラとイズミが「~もない」のリフレインで徹底したニヒリズムを訴えかけます。
イワオのラストの台詞「この世に神はいない!」に度肝を抜かれました。
私の友人の一人はかつて「死後、自分の存在が何も無くなるということ程怖いものはない」と言いました。
また別の友人は「死後の世界があるなんて耐えられない。一切合財消滅して欲しい」と言いました。
それぞれの考え方が、現世での生の在り方に反映されていて、非常に興味深く感じたものでした。
しかし、死後の世界を信じるにせよ信じないにせよ、死んでみないことには何も分からないのです。
それであれば、今この生を精一杯生きること。
私たちにできるのは、それしかないのではないでしょうか。

撮影は全て野中友博氏
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